第5隊長ホーキンスと第7隊長スウィンバーン。彼らは年齢も違ければ母星も違うし、アーキバスに入社した時期も違えば、配属された部署も違った。ふたりに共通点が生じたのは、勿論、第7世代強化手術だった。コーラルの知覚増幅作用を人工的に再現するというこの前例の無い試みは、当初から成否の推測が立たなかった。彼らは「順番待ち」の兵士で、自ら志願したのではなかった。ある日届く本社からのメッセージ。そこには被験者番号だけが記載され、実行の日時も、どこで受けるのかさえ明かされなかった。スウィンバーンは幾度も自死と脱走を考えたが、しくじった時のことが脳裏をよぎると実行できなかった。ホーキンスは最初から死ぬつもりでいた。ただ、どんな状態に変わり果てようとも自意識だけは保たないようにと、それだけ願っていた。
術後、テストと隔離を繰り返し、カルテに「適合」と押される頃になっても、ふたりが互いの名を聞くことは無かった。彼らは一兵士であり続け、名が知れ渡るような大手柄は立てなかったが、大きな失態も犯さなかった。
アイランド・フォーの動乱が沈静化し、第8世代の術式が完成を見た頃、本社は強化人間で構成される精鋭部隊、「ヴェスパー」の編成を決定した。それは——ふたりの邂逅をもたらしたが、同時にアーキバスの在り方をも一変させた。第8世代が旧世代型を無価値化したこと、そして当時からエリート将校だったスネイルの手術が成功したことで、第6世代以前の強化人間はアーキバスから「絶滅」したのだ。ふたりの入隊後、第9世代手術が普及する数年の間に、第6世代以前は「調整」の供物として消費され、第7世代は部隊で最も古い強化世代になった。
設立当時から型落ちとなりつつあった彼らがヴェスパー5とヴェスパー7に据えられたのは、実戦の経験を積んだ「ニューエイジ」が見繕えなかったからに違いないが、結果的に、その人選は功を奏した。部隊という形態を保つ以上、ACだけでなく、裏方に徹することのできる人材も必要とされていたからだ。人事部門は当たりを引き、彼らもまた当たりを引いた。このヴェスパーが、彼らの新たなアイデンティティとなったのだ。
「この通りだっ」会計責任者を兼任する男は土下座して言った。「た、頼む、見逃してくれっ……」
調子の良い男だと思っていたが、プライドもかなぐり捨ててこんなことをするとは。ホーキンスは困惑した。
「あんたのやったことは重罪だよ……100万コームなんて、どう逆立ちしたって補填できない」
「だから戦艦が4機落とされたことにして……」
「できるか！」
スウィンバーンの頭の先で、ホーキンスは行ったり来たりを繰り返した。この不正は自分が報告するまでもなく、第2隊長の知るところとなるだろう。そうしたらどうなる？ ——自明だ。自業自得だ。再教育センター送りを口癖にしている男が、再教育センター送りになる。実に皮肉で綺麗なオチじゃないか。この男には情けを掛けてやりたいと思えるだけの貸しも無い。
視線を上げると、真っ赤に染まった夕陽が眼に入ってきた。一瞬で、男がベッドに縛り付けられ、管を刺され、きらきらしたメスが肉に食い込んでいくのが見えた。
「あんたは時々部下の仕事を代わってやってるらしいね」
「その方が確実だからな」
「……手持ちは？ 50万なら出してやっても良い」
「助かるっ！ さすがは雅量に富む第5隊長！」
それから指示通り“トンネル”を使って金を送った。これがバレれば彼自身もただでは済まないところだったが、なんとか急場はしのげたようだった。彼が手の汚れた第7隊長の不正に加担しているなど、普段の行いからは誰も想像だにしなかった。数ヶ月後、それまで普段通りに振る舞っていたスウィンバーンが、自販機でフィーカを買うホーキンスにそっと近寄ってきた。メモリーチップを膝に押し付ける。「あの時の礼だ」
「要らないよ、そんなもの……俺は50万を『あげた』んだ」
「まあそう言うな。お互い、これからも世話になるかもしれんだろう？ ……受け取っておけ」
それはこれからも不正に加担しろ、お前の不正も見逃してやる、というメッセージだった。「ひとつはっきりさせておく」ホーキンスは指を立てた。
「俺があんたを助けたのは、今要職が抜けると隊が混乱するからだ。ただでさえ最近は負けが込んでる……士気を下げたくなかった、それだけだ。手垢の付いた“報酬”が欲しかったわけじゃない。大体それだってヴェスパーの金なんだろ？ あんたはほんとに、身の程を弁えない、どうしようもない奴だよ」
ふん、とスウィンバーンは鼻を鳴らした。「必要経費だ」
前屈みになっていた姿勢を正し、指に挟んでいたチップを懐に戻す。踵を返したところで、腕を上げる。
「受け取ってもらう」
次の月、ホーキンスの収支には「特別手当」が付いていた。指導補助および汎用兵器立替金……やられた。このように処理されてしまっては拒絶のしようが無い。無論、会計部門に申し立てをしても良かったし、部隊に送り返してやっても良かったが、そんなことで薮蛇になるのは御免だ。ホーキンスは折れた。この特別手当は、彼が捻出した50万に達するまで続いた。それ以降は……彼がどんなに目覚ましい功績を立てても、「手当」が付くことは無かった。