「拾得物と言ったって剃刀とかシャンプーとか、シーツとか……そんなものだぞ。配布して何が悪いんだ」
「拾得物は拾得物だ。貴様、現地で同じものを仕入れるのにいくら掛かると思っている」
「いちいち細かいんだよ、お前は。天の恵みくらい感謝して受け取れば良い」
「その真偽が分からんから申告しろと言っている……貴様は規則も覚えられんのか。兵卒からやり直せ！」
「兵卒と言えば急にハブりが良くなったお前の部下についてはどう説明するつもりだ」
「功績に対する正当な褒賞だ。スネイル閣下にも許可は得ている」
「またそうやってスネイルを出しにする」
「『閣下』を付けろ無礼者！」
いっそ通信を切りたい気分だったが、まだ話は付いていなかった。スウィンバーンは少しだけ音量を絞った。後ろで何かのファンが回っている。ガレージや管制室ではなさそうだ。
「BAWSはなんと？」彼は話を戻した。
「窓口は調査中とだけ。あっちのエンジニアと話をさせてくれって言っても駄目さ。保証期間中だから修理と交換は無料で、とは言ってたが」
「やはり貴様の部隊だけというのはおかしい」
「またそれか。解決したんだから良いだろう」
「原因は不明のままだ。……第4隊も解析に回した方が良い」
「スウィンバーン……お前の疑り深いのは役に立つこともあるが、時としては杞憂って奴さ。機械にはこういう不思議なことが付き物だ」
「……」
声には安堵の色が浸んでいた。何の損害も無かったと言わんばかりだ。奴自身、少なくない労力を払ったにもかかわらず……。ホーキンスが重責を自覚しているにしても、スウィンバーンは物事の解釈に誤謬を招きかねない、能天気な態度が気に入らなかった。
他の部隊と機体を交換したら直ったなどと、どうして安心できよう？ 完全にBAWSの責任であったとしても、原因が判明するまでは誰も乗せるべきでない。ましてや作戦に投入すべきでない。結局、最後に苦しみを味わうのは、自分なのだ。
「いいか、この件は……」
と、そこで2名の回線に割り込んでくる信号があった——お馴染み、ヴェスパーの「顔」だ。
「第5隊長、および第7隊長」
「はっ！」スウィンバーンは真っ先に返事した。
「なんですか、第2隊長？」その口調は当事者を真似ていた。この馬鹿みたいに呑気な声色、平然と上官を「同化」する言動は何度指導を加えても直らない。
「本部の方でやっと『壁』の攻略が承認されました。ついてはベリウス中部に臨時基地を建設します。第5隊長、貴方には……」
「ああ、分かってる。リストを送ってくれ」
「あとは会議で示した手はず通りに。第7隊長、BAWSとエルカノの撒き餌を忘れないように。また下らない折衝に時間を費やすのは御免です」
「了解いたしました——第5隊で起きているバグの件ですが」
「確認済みです。不可解ではありますが、再現ができないなら検証のしようが無い」
「前にもこういうことはあったよ。急ぎなんだろう？ いっぺんには処理せず様子を見ながらやるということでどうかな」
「1機は本部に送らせて下さい。現物を確保したく」
「計画に差し支えなければ構いません」
「処理します」スウィンバーンはその場でMTの移送手配をし、隊長たちにログを送信した。このような即断は、現場が文句を付け出す前に処理してしまった方が良い。
「スネイル、いいか？」この男は、人を呼び捨てるのが好きなようだ。
「……なんですか、第5隊長」勿論、多忙なスネイル第2隊長閣下は、1秒も無駄にしたくない。
「お前の『事業』に口出しするつもりはないし……空いているMTを回すのは構わないが、パイロットごと連れて行かれるのは……困る」
「そうですね。検討します」
乱入者は退出した。スウィンバーンはほっと一息吐いた。そこで彼は、通信が1時間にも達していることに気付いた。「雑事」に対してこの時間の浪費は許されない。無駄口が多過ぎた。
「ついに『壁越え』か。忙しくなるな。閣下はまたフロイト単機に突っ込ませるつもりかねえ？」
「それは直に分かることだ……とにかく、慎重にやれ」
「言われなくてもだ。そっちは慎重過ぎると思うがね」
「以上だ」
スウィンバーンは通信を切った。
壁越えに、ルビコニアンに、ファクトリー。「壁」が年内にも調査拠点になるとしたら、諸々の装備品は今から発注しておかなければならない。皮肉な話だが、それを調達するのは、彼が絞っている輜重部門だ。コンソールのタッチパネルに触れ、キャプチャーデバイスを初めとした在庫を確認していく。必需品を列挙するのに、そう時間は掛からなかった。
また吹雪や賊に遭わなければ良いが……これを補填するための積立金は、とっくの昔に尽きている。