「3人……」
手術が遅れたのは4体と記録されている。延期は機材の問題であって、被験者に異常は認められない。報告書の備考欄には大文字でそう書かれていた。全員が若く、彼女とそう年齢は変わらなかった。
「ヴェスパー第6隊長、メーテルリンクです。あなた方は本日より栄えあるヴェスパーの一員となりました。この名に恥じない、安定した戦果を期待します」
地下3階試験場は真新しい戦力のために、整備士やエンジニアたちが黙々と働いていた。2脚型のMTが2機と4脚型が1機、そしてACが1機。これはメーテルリンクも初めて目に掛ける。軽量の逆関節だ。インフェクションと同様に、パルス兵器に重きを置いた近接特化機体。頭部はあのVE-44B。第7隊長が「宣伝」していたパーツだ。こうしてヴェスパーACに採用されたとは喜ばしいことではないか。このところ僚機として組むことは無くなったが、第7隊長は変わらず見えないところで成果を出している。
「各位、一言ずつ挨拶を」メーテルリンクは指導者から託された“バトン”を手の中に収めた。
沈黙を作らないうちに、一番近い兵士が進み出る。
「ボーガンです。本社より……ぐああっ！？」ボーガンは崩れ落ちた。脇腹に触れたほんの先端が、彼を罰したのだ。
「返事」メーテルリンクは前夜にこのスタンバトンのマニュアルを参照したが、どの程度の粗相にどの程度の“指導”を与えれば良いか、は知ることはできなかった。そんなことのために第7隊長を叩き起こす必要は無い。彼女は電流の量を調節しながら、膝を付いたボーガンなる第10世代強化人間を見下ろした。実践で学ぶ。何事も同じである。せっかくの最先端戦力に傷を付けたくはないが、何も無くてはただの茶番だ。「もう一度」
「はい……はい、第6隊長……！」ボーガンは笑ってすらいた。この程度は想定済みか。身の程を弁えない挑戦欲か。苦境に立たされて笑う不協和音。第1隊長に似たものを感じた。ボーガンは本社の兵器開発部のテストパイロットとして入社し、4脚型の操縦が得意とのことだった。
「次」
「はい！」返事は良かった。「私は幼少よりVCPLで……」
再び、男の悲鳴が上がった。よく響く音だ、とメーテルリンクは思った。「あなたは誰ですか？ どこにいるのですか？」
レナードなる強化人間はすくっと立ち上がると、声を張り上げた。
「私はアーキバスです！ アーキバスの利益と、栄光のために尽力します！」
「宜しい」
VCPLの英才教育科は知らないが、プラズマ兵器の知識に長けている、という点はメーテルリンクの記憶に残った。最後のひとりはちらちらと女教官を見やった。部隊で時々見られる態度だ。厄介な毒、感染しうる癌。治そうとする程に根を下ろし、蔓延する病。メーテルリンクがスタンバトンを振り上げると、整備士たちの眼もまた、そこに留まる。兵士たちの恐怖が、周囲にも「感染」したのだ。
「……！」
3体目の悲鳴はくぐもっていた。歯を食い縛り、これ以上の無様を演じないために、なんとか耐えている。沈黙のためにもう一度。途切れがちな声のためにもう一度。金切り声で名前を吐き出した頃には、兵士は立てなかった。所属を吐かせるために拷問をしている、そんな感覚がメーテルリンクを穿った。これが第7隊長の体験か。
最後にもうひと振り。だが、腕は上がらなかった。
「第6隊長が第7隊長の真似事か。……うんざりするな」
メーテルリンクはぎょっとして、掴まれた腕を見た。「……第3隊長」
特殊諜報局員、オキーフ。招集にも顔を出さない彼が、どうして……？ 腕を引くと、オキーフは素直に彼女を解放した。この第2世代強化人間は、誰にとっても異質な存在だ。メーテルリンクにしても、まだそんな人間が生きてここに立っていることが信じられない。第9世代手術を受け、外見や機能こそ「ニューエイジ」に見劣りしないとは言え、信用できるのか、メーテルリンクの胸中には疑念が渦巻いている。コーラルがもたらした醜悪な世界の一端であった男。第1隊長や第2隊長に感じる違和とはまた別の不気味さが、彼女の知覚を刺激している。大丈夫だ、これは「恐怖」ではない……彼女は自覚も無いまま、掴まれた部位をさすった。彼はここに仕事をしに来た、それだけだ。はて、第7隊長ならどう対応していただろうか。彼女は努めてそう思考した。
オキーフは膝を付いたままの女兵士に肩を貸した。
「仕事を始めてもいない奴らをいたぶってどうする」
「これは『慣らし』です、第3隊長」
アーキバスというものが解るように。
「責任ならそこの第8隊長に取らせろ」
視線の先を追えば、確かにそこには現着した時からの気配があった。MTのつま先で端末を弄っていた若者だ。彼は手元の電源を落とすと、ゆっくりとこちらに歩み寄って来た。
「はっ、ヴェスパー第8隊長ペイター、ここにおります……私は第7隊長からご指示がある、と伺っておりましたので」そうして、今日から部下となる同世代の強化人間を見た。「諸君の部隊を指揮するペイターだ、宜しく」
「よ、宜しく……」うわ言のように返事するレナードを、ボーガンが小突いた。「お願いします！」
「第8隊長ペイター、第7隊長の急務により、あなたの『案内』は私が引き継ぐことになりました。どうぞ、こちらへ……」
できればペイターの脇腹もつついてやりたかったが、彼女は本題に入ることにした。つまるところ、兵士に要求されているのは、戦闘技能なのだ。
第10世代の戦闘とはどんなものか。第1隊長程ではないにしろ、メーテルリンクに自分の限界を試すことのためらいは無かった。
インフェクションのメインカメラから場内を見下ろすと、もう旧世代型の姿は消えていた。