「シックス！ 貴様……なんということを！」
頭上から、自分を呼ぶ声がした。眼下では、パルス弾によって崩壊した輸送機がバラバラと大穴に落ちていく。
「どう……して……？」パイロットの悲痛な叫びがノイズ混じりに聞こえた。脳波形はそれまでと変わらない波を描いている。にもかかわらず、知覚は飽和状態に達したように外部からの刺激を受け付けようとしない。これは大丈夫だ。これは正常だ。これは適正だ。妥当な解釈。実行。実行した……通常モードへ移行。喚き散らしているのは僚機だ。私ではない。
帰投し、メーテルリンクがガレージの階段を下りていくと、急に腕を掴まれた。痛い程の力だ。
「シックス！ ……」
ここまで憤慨した第7隊長は初めて見る。だが、作戦の成否を決めるのは彼ではない。
「スネイル閣下がお呼びです」彼女はスウィンバーンの手を静かに外した。
「貴様の……貴様の責任だっ。説明責任を果たすのは貴様なのだ」
「はい」
相変わらずこの第7世代強化人間は興奮しやすい。彼の情けない声を聞くのは初めてでなかった。報告を放棄されるのも初めてでなかった。第7世代の第7隊長がパフォーマンスを発揮するのは、限られた条件下でだった。メーテルリンクは身なりを整えると、その足でスネイルの執務室に向かった。
「メーテル！」第5隊長、ホーキンスだ。彼は今にインターホンに呼び掛けようとしたメーテルリンクの肩を掴んだ。
「スネイルは……」
第2隊長閣下が、どうしたというのだろう。とくに命令の変更は受けていない。ドアが開くと、ホーキンスは一緒に入ってきた。彼もまた、今回の作戦について、何らかの説明義務を負っているのだろうか？
「説明しなさい」
いつもの冷徹な声だ。メーテルリンクは余計な感情に支配されない。
「敵性勢力に対する機密漏洩を阻止するため、当該輸送機は破壊しました。……私の独断です」
部隊の指揮を執るスネイル第2隊長には、機械化された人間をも萎縮させる何かがある。メーテルリンクは彼を前にする度、自分が矮小だと感じる。敵わない、届かない何かだ。触れれば壊れてしまうような。寄せ付けない高み、とでも表現すべきか。第1隊長には無視されても構わないが、第2隊長に見放されては生きてはいけない——それはアーキバスにいる誰もが知っている。
「宜しい」背を向けていたスネイルが、メーテルリンクに向き直った。「英断です」
かすかに浮かんだ微笑に、彼女も自分の口元が緩むのが分かった。「光栄です、閣下」
「その調子で続けなさい」
勝利を勝ち取った瞬間だ。何に勝ったのかと言えば、それは恐らく、昨日までの自分だろう。彼女は進歩したのだ。そしてそれを認められた。揺るぎなき力に。
じんわりと侵食する多幸感。どんな調整にも替えがたい「悦び」。
失礼しますと振り向くと、まだ背後には呆然とした表情の第5隊長が立っていた。彼女はその横をすり抜けた。
「第5隊長、貴方は？」
「いや」ホーキンスは苦笑いを忍ばせた。「部下の対応を見に来ただけさ」
「そうですか。……ああ、先だっての陽動作戦のことですが」
メーテルリンクが廊下に出ると、そこには逃げ返ったはずの第7隊長がいた。お互い静かに敬礼すると、メーテルリンクは作戦の成否を報告した。
「よくやったぞお、シックス……それで、それが私の指導の賜物だと、閣下にはご報告したのか？」
「いいえ……私の独断と」
「……」スウィンバーンは溜め息を吐いた。「まあいい。今回は良かったがな、私に一言添えたらどうだ、第6隊長！」
「以後、気を付けます」
その後の予定として——とくに疲労は感じなかったし、バイタルにも不調は見られなかったが、彼女はマニュアル通り、帰投後の休息を取ることにした。休眠用のポッドが設置された手近な仮眠室に歩を進めると、本日何度目かになる第7隊長の困惑した声に晒された。「な……なぜ付いてくる」
「休息を取ります」ただ単に、スウィンバーンが前を歩き、同じ場所に向かっていただけだ。
中には彼女と彼のほか、誰もいなかった。コンソールに生体情報を登録すると、ポッドが開口した。一方で、スウィンバーンは中央のベンチにどかっと坐っている。メーテルリンクはポッドに足を掛けたが、気になって振り返った。ポッドに収容されると、目の前にスウィンバーンが坐している形になる。眠っている間は意識も無いし、緊急コードが無ければ休眠を妨げないようにはなっているが、他人の前で無防備になることに、本能的な危機感を感じないでもない。そもそも、なぜスウィンバーンはポッドに入ろうとしないのか。
「隊長、お休みになられないのですか」
「貴様がいると気が散る……つまりだな、私にはプライバシーを確保する権利があるということだ。分かるだろう」
「では自室に戻られては……」
「それが面倒だからここに来ている！」
確かにスウィンバーンの自室は遠いと言えば遠い。会計責任者を兼任するこの隊長は、まだこの棟で仕事をするのだろう。なるほど、誰かいたら追い出していたわけか。ならばそう言えば良い。
「分かりました」彼女は登録した情報を解除した。「別室に行きます」
「そうしろ！」
彼女は出入り口に立ったが、それでもスウィンバーンは微動だにしなかった。
「隊長」呼び掛けると、暗い、疲労に淀んだ目が持ち上がった。「お疲れ様でした」
「貴様の褒賞は追って与える。労る気があるなら、一刻も早く私を休ませろ」
この人からもらう評価は、いつも金である。分かりやすい指標だ。メーテルリンクは報酬などには興味が無かったが、反応がある、ということに関しては気持ちが動かされないでもなかった。