やっとエレベーターのドアが開いた。壁は真紅で、中央に菱形の枠があって――目玉のような模様だ。カレンは乗り込んだ。行き先は四十八階。五、六、七……とパネルの数字はゆっくりと上昇していく。情熱的な色に囲まれているせいか、大して暖房も効いていないのに、暑い気がした。彼は掌を、スラックスになすりつけた。ポケットに手を入れ、唖然とする。手袋を忘れてしまった。忘れようにも忘れようが無いと高を括っていたらこれである。まあ、なんとかなるだろう。寧ろ良いかもしれない。革の手袋などしていたら、誰に買ってもらった、などと警戒されるに決まっている。
二十四階で、扉が開き、男が一人乗り込んだ。同じようなスーツ。ふわりと気に食わない匂いがした。カレンは隅に身体を寄せた。
痩せ型、長身、湿り気のある短い金髪の頂点は、黒くなっている。……こんな偶然ってあるのか？ カレンはいぶかり、唇をなめた。
男が首をちょっと逸らして、カレンに話し掛けた。名前はハーノン、大学を中退して、今は無職で、ときどき単発のアルバイトで稼いでは遊んでいるのだという。そういった根無し草の印象を裏切って、ハーノンは丁寧で静かだった。
「で、あんたいくつだって？」
「二十六です」
「……」
ち、とカレンは舌打ちした。「ドキシーの予言とか信じてたタイプ？」
「親が。でもそのお蔭で、僕はこれから起こることを安易に信じるということが無くなりました」
「でもよ、ときには『こうなる』って予感することもある、自分と似たような人間を見たときとか」
「自分もその人のようになるんじゃないかって？」
「まあ、それもあるし……同じことを考えているんじゃないかって」
「なるほど」
カレンが煙草を取り出すと、ハーノンはぎょっとした。「こんなところで」
「吸わなきゃやってらんねえんだ」
構わず、彼は火を点けた。ハーノンは非難めいた視線を送っていたが、ややあって、降伏した。「僕にもください」
ハーノンは咳き込み、カレンは笑った。「無理すんなよ」
「でも強がってみたい気持ちなんですよ、恋愛と同じ、優勢なところを見せないと」
「あんたは得意そうだが」
「攻めに転じるのは初体験なもので」
カレンが灰を床に落とすと、こうすればいいと言って、ハーノンは背広のポケットに灰を落とした。そりゃあいい、とカレンも真似した。
「あんたもなかなか気が利く」
「ドラマでやってたんですよ――確か奥さんからもらった、何十年も着ている、大切なコートで……」
「そいつはきっと恐妻家なんだろうな」
最後には煙草もポケットに入れて、二人してぱんぱんと布地を叩いた。
そして、ちーん、という間の抜けたベルと共に、扉が開く。「ご一緒しても？」
「勿論だ」
しんと静まり返った廊下の突き当たり、木目調の大きな扉が、カレンの目的地だった。彼らは足並み揃えて真っ直ぐ進み、ハーノンがインターフォンを押し、カレンが扉の前に立った。
ガチャリ、把手が動いて、チェーンが揺れて、決定的な隙間が開く。
二人は同時に、脇から贈り物を引き抜いた。
「「ハッピーバレンタイン！」」